ロバート秋山のSAY KOU SHOWが好きだ。
男女関係の”なあなあ”な部分を的確に表している。事前に確認するべきなのかもしれないけど、まぁ、そのへんは、なあなあにしておいて、とりあえずはね?という気持ちを的確にいじってくる。
SAY KOU SHOWを聴いて考えることではないかもしれないけど、自分は、スケボーをやってから好きになったのか、好きになってからスケボーをしたのか、ということを考えてみた。
自分は、スケボーのことを好きになってから、やってみた人間だ。
やったこともないことが、好きで好きでたまらなかったのだ。
好きになった理由は、あるスケートボードビデオを見たからなのだけど、スケボーをやらなくてはいけない。スケーターにならなければいけない。という感じだった。
今でもスケボーが大好きで、スケーターは憧れの存在だから、アラフィフになっても、スケボーをやめるわけにいかない。
おかしなことなのだけど、別にトリックをやりたくてやっているわけでもないのである。
でも、スケーターになるためには、トリックをやらないといけないから、練習しているという感じだ。
こないだ、うちの娘と娘の同級生が一緒にスケボーしたいというから、河川敷で一緒にスケボーをした。
自分としては、チクタクやプッシュやオーリーを教えるつもりでいたのだけど、彼女たちは、スケボーに座って乗ったり、寝て乗ってみたりと、いわゆるスケボーのトリックをやろうとはしない。
「全然スケボーせんのぉ」と思いながら、考えてみたら、彼女たちは、別にスケボーが好きではないのである。
好きなスケーターも、好きなトリックも、好きなスケートブランドもない。
ただ単に、珍しい乗り物に乗って遊ぶくらいにしか考えていないのだ。
親と一緒にやっているうちに、とか、スケボー体験会に行ってみたら楽しかったから、という理由でスケボーを始める人もいるだろうけど、俺には、その気持ちは分からない。
性交渉を先にしようなんてしない純愛人間。スケボー純愛組。スケボーの存在自体が好きだから、一途だ。
トリックが難しかろうが、捻挫をしようが、警察や警備員に怒られようが諦めない。スケーターは、恋のダウンヒル一直線野郎なのである。
好きになってからした方がいいに決まっている。スケボーも性交渉も。
